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問題は「タコつぼ」ではなく「タコ」だった!? 「自分経営」入門 (ディスカヴァー携書)

『世界解釈の違い?』
作者自身が言うとおり、この本は

「ある特定の方の「自分経営」をサポートするために編み出したもの」であり「あやしい」ものです。

読者が「特定」の人であれば有効な場合もあります。

リッツカールトンやジャックウェルチ、ひも理論やら、ユダヤ人大富豪の教えなどなど、たくさんの引用と解釈を、作者が述べるように「強引に」行うことで、自身のあやしい理論の展開を補強しています。

「強引に」の部分に違和感を感じない読者には、この引用も含め、自然な論理展開に思えます。

しかし「強引に」利用する根拠がミクロ的な著者自身に由来するだけなので、それに共感できない人には、引用元がすばらしければすばらしいほど、著者の論理展開の「あやしさ」が際だって見えます。たぶん。

著者の解釈を借りれば、著者も我々読者もどこまで行ってもタコつぼを見ることも、知ることも実はできないほど、何十にもタコつぼに覆われていて、出ようとすれば出るほどタコつぼはどんどん自分たちを囲んでいくということになります。

それでも著者は
{『「タコつぼから出たり入ったり、他のタコつぼに入ったり、タコつぼを自由自在に操れる」と思えるような、更に大きなタコつぼ』はすばらしいことだというタコつぼ}の中から、このタコつぼや、タコの話を、語りかけるのをあきらめたくないのかもしれません。

そして、その語りかけていること自体も、読んでいる人もタコつぼを自由自在に操ることは可能だというタコつぼの中にいて、そのように考えているのかもしれないし、ちがうかもしれないというタコつぼにいるかもしれないし、いないかもしれない。

なんてことを書くと、マクロのワナにとらえられているタコつぼに入っていることになるのでこまったタコです。

このタコつぼを自由自在に操る唯一の方法は、このタコつぼ的世界解釈を用いない生き方をすることだけだと考えます。

ただし、大きな大きな幾重にも囲まれたタコつぼにいる人は、「タコつぼ的世界解釈を用いない生き方(A)」をみて、そのような(A)というタコつぼに入っている生き方と捉えてしまうかもしれません。


【結論】
この本を読む前に
著者が引用している、リッツカールトンの考え方や、ジャックウェルチの本、ユダヤ人大富豪の教えなどを読みましょう。

これが、私のタコつぼからの意見です。

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